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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)287号 判決 1999年5月26日

大阪市東淀川区西淡路6丁目3番41号

中村物産株式会社淡路工場内

原告

中村憲司

訴訟代理人弁理士

三中英治

三中菊枝

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

高木彰

佐藤久容

田中弘満

小林和男

主文

特許庁が、平成9年審判第16000号事件について、平成10年7月9日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和63年4月18日、名称を「ウェットティッシュ包装体」とする発明(以下「本願特許発明」という。)につき、特許出願をした(特願昭63-94791号)が、平成9年8月26日に拒絶査定を受けたので、同年9月25日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を、平成9年審判第16000号事件として審理した上、平成10年7月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月15日、原告に送達された。

2(1)  本願特許発明の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明1」という。)の要旨

柔軟な液密性のシートから形成された封入袋とトレイ部材とから構成され、前記封入袋の内部には液体を含浸させたティッシュが連続的に引出し可能に収納されており、該封入袋はその頂面に、取出し口または該取出し口を形成するための切離し用切込み、および前記取出し口または取出し口を形成するための切離し用切込みを覆い且つ繰返し開封・密封可能な可撓性の開閉蓋を有しており、前記トレイ部材は前記封入袋の頂面とウェットティッシュとの間において封入袋の内部に収納され、前記トレイ部材は頂面部と凹部を有しており、前記トレイ部材の頂面部と少なくとも凹部底面の一部とが別部材からなり、前記頂面部とは別部材の凹部底面にウェットティッシュを把持する開口が設けられていることを特徴とするウェットティッシュ包装体(なお、審決の要旨の認定では、上記「前記封入袋の内部には液体を含浸させたティッシュが」との部分が、「前記封入袋には液体を含浸させたティシュが」とされていたが、これを被告が上記のとおり訂正することについて、原告は異議を述べていない。)。

(2)  本願特許発明の特許請求の範囲の請求項2に記載された発明(以下「本願発明2」という。)の要旨

トレイ部材が封入袋に固着されていることを特徴とする請求項1記載のウェットティッシュ包装体。

(3)  本願特許発明の特許請求の範囲の請求項3に記載された発明(以下「本願発明3」という。)の要旨

柔軟な液密性のシートから形成された封入袋とトレイ部材とから構成され、前記封入袋の内部には液体を含浸させたティッシュが連続的に引出し可能に収納されており、該封入袋はその頂面に、取出し口または該取出し口を形成するための切離し用切込み、および前記取出し口または取出し口を形成するための切離し用切込みを覆い且つ繰返し開封・密封可能な可撓性の開閉蓋を有しており、前記トレイ部材は前記封入袋の頂面とウェットティッシュとの間において封入袋の内部に収納され、前記トレイ部材は凹部を有しており、該凹部の底面にウェットティッシュを把持する開口が設けられており、前記収納された各ウェットティッシュがZ状に折畳まれており、隣接するウェットティッシュはそれらの端部が互いに重なり合っており、その重なり合いの程度が前記トレイ部材の凹部の深さの0.5~4倍であることを特徴とするウェットティッシュ包装体(なお、審決の要旨の認定では、上記「がZ状に折畳まれており、隣接するウェットティッシュ」との部分が欠落していたが、これを被告が上記のとおり訂正することについて、原告は異議を述べていない。)。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明1~3が、実願昭59-164846号(実開昭61-80273号のマイクロフィルム(以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用例発明1」という。)及び実願昭60-61169号(実開昭61-178379号のマイクロフィルム(以下「引用例2」という。)に記載された発明並びに本願出願前の周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとしたものである。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由中、本願発明1~3の要旨の認定、引用例1の記載事項の認定は認める。

審決は、引用例発明1を誤認した結果、本願発明1との相違点を誤認する(取消事由1)とともに、引用例2の認定を徒過し(取消事由2)、上記相違点についての判断を誤って、本願発明1の進歩性を否定した(取消事由3)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  引用例発明1の誤認と相違点の誤認(取消事由1)

審決は、引用例発明1について、『柔軟な液密性のシートから形成された封入袋とトレイ部材とから構成され・・・」と認定している。(審決書6頁2~18行)が、引用例1(甲第3号証)には、真っ平らな板体24が開示されているのみであり、本願発明1のように頂面部と凹部を有するトレイ部材などは全く開示されていないから、上記認定は誤りである。

また、審決は、本願発明1と引用例発明1との対比において、相違点として、「請求項1に係る発明が、頂面部と凹部を有し、頂面部と少なくとも凹部底面の一部とが別部材からなり、前記凹部底面にウェットティッシュを把持する開口が設けられたトレイ部材で構成したのに対し、引用例1に記載された発明が、略V字形状のスリットにより開閉自在に形成した紙片取出し部と、適宜のスリット或いは小孔からなる紙片引出し部とを設けた板体で構成した点で相違している。」(同7頁10~18行)と認定しているが、引用例発明1に関するこの認定と前記認定は、明らかに齟齬している。

審決は、このように引用例発明1の認定を誤った結果、本願発明1との相違点も誤認したものであり、これらは審決の結論に影響するものである。

2  引用例2の認定の徒過(取消事由2)

審決は、引用例2が、引用例1と組み合わされて本願発明1~3を容易に推考できる極めて重要な証拠方法であると認定している(審決書8頁13~16行、同頁17~20行、9頁8~12行、10頁16~20行)。

しかるに、審決は、「実願昭60-61169号(実開昭61-178379号)のマイクロフイルム(以下『引用例2』という。)」(審決書4頁6~8行)と引用例2を特定するのみであって、その開示内容に関する認定を全く徒過しているから、理由不備といわざるを得ない。

3  相違点についての判断誤り(取消事由3)

引用例発明1には、前記のとおり、本願発明1のように頂面部と凹部を有するトレイ部材を用いることの開示や示唆はないし、引用例発明1の課題(甲第3号証1頁13~17行)は、引用例1に開示された開閉自在なV字状スリット26と小孔30を有する板体24を用いたことにより全て達成されているから、凹部を有するトレイ部材を用いるべきことの課題や認識もない。そうすると、引用例発明1の板体を、本願発明1の凹部を有するトレイ部材に代えるべき必要性も技術的な理由も存在しておらず、これを当業者が容易に行うことができたとはいえない。

また、審決は、「ウェットティッシュ包装体において、収納容器の天板部を頂面部と凹部とで構成し、該凹部の底部をウェットティシュの把持を考慮して別部材で形成することは、本件出願の出願前周知の事項(例えば、実願昭60-163087号(実開昭62-72970号)のマイクロフィルム参照)である」(審決書7頁19行~8頁5行)と認定しているが、ウェットティッシュ包装体において、このような事項が周知であることは不知である。しかも、審決が言及している上記マイクロフィルム(甲第5号証、以下「本件周知例」という。)において、頂面部と凹部で構成されたウェットティッシュを把持する部材は、合成樹脂から作られ所定の高さを有し、水密なウェットティッシュ容器そのものを構成しており、本願発明1のトレイ部材のように、柔軟な液密性のシートから形成された封入袋の内部に設けられるものではなく、そのような開示も示唆も存在しない。

したがって、審決が、「請求項1に係る発明は、引用例1、2および本件出願の出願前周知の事項にもとづき当業者が容易に発明をすることができたものと認める。」(審決書8頁17~20行)と判断したことは誤りである。

そして、審決において、本願発明1に関する進歩性の判断に誤りがある以上、これを前提とする本願発明2及び3に関する進歩性の判断(審決書9頁1行~10頁20行)が誤りであることも明らかである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断には、結論において誤りはない。

1  取消事由1について

引用例1には、凹部底面を有するトレイ部材について何ら記載されていないことは認める。

したがって、引用例1に関する審決の認定(審決書6頁1~18行)には誤りがあり、「引用例1には、「柔軟な液密性のシートから形成された封入袋と板体とから構成され、前記封入袋の内部には液体を含浸させたティシュが連続的に引出し可能に収納されており、該封入袋はその頂面に、取出し口または該取出し口を形成するための切離し用切込み、および前記取出し口または取出し口を形成するための切離し用切込みを覆い且つ繰返し開封・密封可能な可撓性の開閉蓋を有しており、前記板体は前記封入袋の頂面とウェットティッシュとの間において封入袋の内部に収納され、前記板体はウェットティッシュを把持する開口が設けられているウェットティッシュ包装体。』の発明(以下「引用例1に記載された発明」という。)が記載されていると認める。」とすべきところ、錯誤により当該認定としたものである。

また、本願発明1と引用例発明1との対比(審決書6頁19行~7頁18行)における引用例発明1の認定にも、一部誤りがあることは認める。

したがって、審決は、この点についても、「ところで、請求項1に係る発明と引用例1に記載された発明とを比較すると、請求項1に係る発明と引用例1に記載された発明とは、ウェットティッシュ包装体であって、その包装体が、柔軟な密封性のシートから形成された封入袋とティッシュ把持部材とから構成され、前記封入袋の内部には液体を含浸させたティッシュが連続的に引き出し可能に収納されており、該封入袋はその頂面に、取出し口または該取出し口を形成するための切離し用切込み、および前記取出し口または取出し口を形成するための切離し用切込みを覆い且つ繰返し開封・密封可能な可撓性の開閉蓋を有しており、前記ティッシュ把持部材は前記封入袋の頂面とウェットティッシュとの間において封入袋の内部に収納され、前記ティッシュ把持部材にはウェットティッシュを把持する開口が設けられている点で一致し、ティッシュ把持部材を、請求項1に係る発明が、頂面部と少なくとも凹部底面の一部とが別部材からなり、前記頂面部とは別部材の凹部底面にウェットティッシュを把持する開口が設けられているトレイ部材で構成したのに対し、引用例1に記載された発明では、略V字形状のスリットにより開閉自在に形成した紙片取り出し部と、適宜のスリット或いは小孔からなる紙片引き出し部とを設けた板体で構成した点で相違している。」と認定すべきであった。ただし、上記表現とは異なるものの、審決における一致点及び相違点の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

審決において、「引用例1、2」から、本願発明1~3を容易に推考できると認定した部分(審決書8頁14行、同頁17~18行、9頁9行、10頁17行)は誤りであり、いずれも「引用例1」のみに訂正する。

3  取消事由3について

審決は、本件周知例(甲第5号証)において、上記1で認定した相違点である本願発明1の構成、すなわち、頂面部と少なくとも凹部底面の一部とが別部材からなり、前記頂面部とは別部材の凹部底面に液体を含浸させたティッシュのような収納物を把持する開口が設けられているトレイ部材が、本願発明1の出願前に周知であることを例示したものである(審決書7頁19行~8頁5行)。この本件周知例の記載では、濡れナプキンを取り出す取出し口4が、本願発明1の頂面部に相当する受止部8と、本願発明の凹部底面に相当する掩蔽部7とから構成されており、これら受止部8と掩蔽部7とで全体形状がトレイのように凹部を形成しており、掩蔽部7は受止部8とは別部材で構成されており、濡れナプキンを把持するスリット13が設けられ、「濡れナプキンを前記スリットを通過させることにより次位の濡れナプキンから前記掩蔽片上で引き離すことができる」(同号証7頁20行~8頁第2行)ものであることから、濡れナプキンを掩蔽部で把持することは明らかである。

したがって、本件周知例には、頂面部と少なくとも凹部底面の一部とが別部材からなり、前記頂面部とは別部材の凹部底面に液体を含浸させたティッシュのような収納物を把持する開口が設けられているトレイ部材が開示されているといえる。

また、「収納容器の天板部を頂面部と凹部とで構成し、該凹部の底部をウェットティシュの把持を考慮して別部材で形成する」という上記の周知の事項は、実願昭60-105264号(実開昭62-13869号)のマイクロフィルム(乙第1号証)、実願昭56-3581号(実開昭57-118795号)のマイクロフィルム(乙第2号証)及び特開昭61-178号公報(乙第3号証)にも開示されている。

以上のように、本願発明1と引用例発明1との相違点である、頂面部と少なくとも凹部底面の一部とが別部材からなり、前記頂面部とは別部材の凹部底面に液体を含浸させたティッシュのような収納物を把持する開口が設けられているトレイ部材は、本願発明1の出願前に周知であり、引用例発明1の板体と当該周知例の部材は、ともにウェットテイッシュのように液体を含浸させた収納物を把持するものであることから、引用例発明1の板体に代えて当該周知のトレイ部材を適用することに困難性はない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1及び3(引用例発明1の誤認・相違点の誤認・相違点の判断誤り)について

審決の理由中、本願発明1~3の要旨の認定、引用例1の記載事項の認定は、当事者間に争いがない。

また、引用例1に凹部底面を有するトレイ部材についての記載がなく、引用例発明1に関する審決の認定(審決書6頁1~18行)に誤りがあることも、当事者間に争いがない。

この点について、被告は、上記認定が錯誤であるとして、これを「引用例1には、『柔軟な液密性のシートから形成された封入袋と板体とから構成きれ、前記封入袋の内部には液体を含浸させたティシュが連続的に引出し可能に収納されており、該封入袋はその頂面に、取出し口または該取出し口を形成するための切離し用切込み、および前記取出し口または取出し口を形成するための切離し用切込みを覆い且つ繰返し開封・密封可能な可撓性の開閉蓋を有しており、前記板体は前記封入袋の頂面とウェットティッシュとの間において封入袋の内部に収納され、前記板体はウェットティッシュを把持する開口が設けられているウェットティッシュ包装体。』の発明(以下「引用例1に記載された発明」という。)が記載されていると認める。」と訂正し、「トレイ部材」を「板体」に改めるとともに、「頂面部と凹部を有しており、前記トレイ部材の頂面部と少なくとも凹部底面の一部とが別部材からなり、前記頂面部とは別部材の凹部底面に」(審決書6頁12~15行)との認定を削除した。

しかし、審決取消訴訟において、被告が既に行われた審決を訂正、削除しようとする場合は、それが誤記、誤訳その他これらに類する明白な誤りであって、審決の結論に影響を及ぼすものでないことが一義的に明らかなときに限り許されるものであると解されるところ、上記の訂正、削除は、誤記等の明白な誤りに該当するものではないから、一般的に許されるものではなく、しかも、その訂正、削除についての合理的・技術的根拠も示されていないから、審決が、引用例発明1をどのような発明として把握した上、本願発明1と対比し、一致点及び相違点を認定したものかは不明確といわざるを得ない。

また、被告は、上記訂正後の認定を前提として、審決における一致点及び相違点の認定(審決書6頁19行~7頁18行)を、「ところで、請求項1に係る発明と引用例1に記載された発明とを比較すると、請求項1に係る発明と引用例1に記載された発明とは、ウェットティッシュ包装体であって、その包装体が、柔軟な密封性のシートから形成された封入袋とティッシュ把持部材とから構成され、前記封入袋の内部には液体を含浸させたティッシュが連続的に引き出し可能に収納されており、該封入袋はその頂面に、取出し口または該取出し口を形成するための切離し用切込み、および前記取出し口または取出し口を形成するための切離し用切込みを覆い且つ繰返し開封・密封可能な可撓性の開閉蓋を有しており、前記ティッシュ把持部材は前記封入袋の頂面とウェットティッシュとの間において封入袋の内部に収納され、前記ティッシュ把持部材にはウェットティッシュを把持する開口が設けられている点で一致し、ティッシュ把持部材を、請求項1に係る発明が、頂面部と少なくとも凹部底面の一部とが別部材からなり、前記頂面部とは別部材の凹部底面にウェットティッシュを把持する開口が設けられているトレイ部材で構成したのに対し、引用例1に記載された発明では、略V字形状のスリットにより開閉自在に形成した紙片取り出し部と、適宜のスリット或いは小孔からなる紙片引き出し部とを設けた板体で構成した点で相違している。」と訂正し、この訂正と表現は異なるものの、審決における一致点及び相違点の認定にも誤りはないと主張する。

しかし、上記の訂正は、前示のとおり、通常、限定的に許される審決の訂正の範囲を逸脱するものであることが明らかであり、しかも、審決における一致点の認定(審決書7頁1~9行)では、上記「該封入袋はその頂面に、取出し口または該取出し口を形成するための切離し用切込み、および前記取出し口または取出し口を形成するための切離し用切込みを覆い且つ繰返し開封・密封可能な可撓性の開閉蓋を有しており」との点は記載されておらず、上記取出し口、切離し用切込み及び可撓性の開閉蓋は、一致点とは認定されていなかったものである。この可撓性の開閉蓋は、本願発明1では頂面部と凹部を開封・密封するものであり、引用例発明1では平面的な板体を開封・密封するものであって、それらの部材や封入袋と直接関係する重要なものであるから、一致点あるいは相違点に係る部材として明示して認定すべきものといわなければならない。したがって、表現の相違にすぎないとする被告の主張は誤りであって、到底これを採用することはできない。

さらに、被告は、審決が引用した本件周知例(甲第5号証)において、頂面部と少なくとも凹部底面の一部とが別部材からなり、前記頂面部とは別部材の凹部底面に液体を含浸させたティッシュのような収納物を把持する開口が設けられている「トレイ部材」が開示されていると主張する。

しかし、審決は、「ウェットティッシュ包装体において、収納容器の天板部を頂面部と凹部とで構成し、該凹部の底部をウェットティシュの把持を考慮して別部材で形成することは、本件出願前周知の事項」(審決書7頁19行~8頁5行)と認定しているのであり、ここにいう「天板部」は、前示のように、審決が引用例発明1における「板体」と「トレイ部材」とを誤認したことを考慮すると、被告の主張する前記「トレイ部材」と同じものを指称しているのか否かは不明確であり、被告の主張が審決の認定と異なるおそれもあるから、到底採用することができない。

2  以上のとおり、被告の主張する訂正、削除は、一般的に許される限度を超えるものであり、審決における、引用例発明1の認定、本願発明1との一致点及び相違点の認定並びに周知事項の把握には、いずれも誤認又は不明確な点があるといわざるを得ず、これらのことが審決の結論に重大な影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の取消事由について検討するまでもなく、審決は取消しを免れない。

よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成9年審判第16000号

審決

大阪府大阪市東淀川区西淡路6丁目3番41号 中村物産株式会社淡路工場内

請求人 中村憲司

東京都台東区浅草橋5-25-12 三中国際特許事務所

代理人弁理士 三中菊枝

東京都台東区浅草橋5-25-12 三中国際特許事務所

代理人弁理士 三中英治

昭和63年特許願第94791号「ウェットティッシュ包装体」拒絶査定に対する審判事件(平成6年6月15日出願公告、特公平6-45382)にっいて、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本件出願は、昭和63年4月18日の出願であって、特許を受けようとする発明は、出願公告された明細書と図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。

「1.柔軟な液密性のシートから形成された封入袋とトレイ部材とから構成され、前記封入袋には液体を含浸させたティシュが連続的に引出し可能に収納されており、該封入袋はその頂面に、取出し口または該取出し口を形成するための切離し用切込み、および前記取出し口または取出し口を形成するための切離し用切込みを覆い且つ繰返し開封・密封可能な可撓性の開閉蓋を有しており、前記トレイ部材は前記封入袋の頂面とウェットティッシュとの間において封入袋の内部に収納され、前記トレイ部材は頂面部と凹部を有しており、前記トレイ部材の頂面部と少なくとも凹部底面の一部とが別部材からなり、前記頂面部とは別部材の凹部底面にウェットティッシュを把持する開口が設けられていることを特徴とするウェットティッシュ包装体。

2.トレイ部材が封入袋に固着されていることを特徴とする請求項1記載のウェットティッシュ包装体。

3.柔軟な液密性のシートから形成された封入袋とトレイ部材とから構成され、前記封入袋の内部には液体を含浸させたティッシュが連続的に引出し可能に収納されており、該封入袋はその頂面に、取出し口または該取出し口を形成するための切離し用切込み、および前記取出し口または取出し口を形成するための切離し用切込みを覆い且つ繰返し開封・密封可能な可撓性の開閉蓋を有しており、前記トレイ部材は前記封入袋の頂面とウェットティッシュとの間において封入袋の内部に収納され、前記トレイ部材は凹部を有しており、該凹部の底面にウェットティッシュを把持する開口が設けられており、前記収納された各ウェットティッシュはそれらの端部が互いに重なり合っており、その重なり合いの程度が前記トレイ部材の凹部の深さの0.5~4倍であることを特徴とするウェットティッシュ包装体。」

これに対して、原査定の拒絶理由である特許異議の決定の理由は、本件出願の請求項1および2に係る発明は、実願昭59-164846号(実開昭61-80273号)のマイクロフィルム(以下「引用例1」という。)および、実願昭60-61169号(実開昭61-178379号)のマイクロフィルム(以下「引用例2」という。)に記載された発明にもとづき当業者が容易に発明をすることができたものであり、また、請求項3に係る発明は、上記両引用例および本件出願の出願前周知の事項にもとづき当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。

そこで検討するに、引用例1には、「任意の板体に略V字形状のスリットにより開閉自在に形成した紙片取出し部と、適宜のスリット或いは小孔からなる紙片引出し部と、該紙片引出し部と前記紙片取出し部を連通せしめたスリットを設け、該板体を、湿潤紙片包装体の一面に設けた開口と、容器内部に収納した紙片との間に介在せしめてなる湿潤紙片等の包装体構造。」(実用新案登録請求の範囲)に係る考案が記載されており、さらに、その考案に関連して、「本案にあっては比較的強度を有する紙片引出し部は別体の板体24により形成し、該板体24を任意の容器、或いは袋体の中へ入れるものであるから包装体は気密性のみを勘案した薄板、またはラミネート紙等により成形することが可能であり、合成樹脂等のフィルムにより袋状にすることも可能である。」(5頁6~12行)と記載されているので、上記考案において、容器として柔軟な液密性のシートから形成された袋を用いられることは明らかである。

しかも、柔軟な液密性のシートから形成された袋を使用したウェットティシュ包装体は、本件出願の出願前周知であり、そのような包装体には、袋の頂面に取出し口を形成するための切離し用切込みを設けられると共に、切離し用切込みを覆い且つ繰返し開封・密封可能な可撓性の開閉蓋を設けられているのが通常であるので、引用例1には、「柔軟な液密性のシートから形成された封入袋とトレイ部材とから構成され、前記封入袋には液体を含浸させたティシュが連続的に引出し可能に収納されており、該封入袋はその頂面に、取出し口または該取出し口を形成するための切離し用切込み、および前記取出し口または取出し口を形成するための切離し用切込みを覆い且つ繰返し開封・密封可能な可撓性の開閉蓋を有しており、前記トレイ部材は前記封入袋の頂面とウェットティッシュとの間において封入袋の内部に収納され、前記トレイ部材は頂面部と凹部を有しており、前記トレイ部材の頂面部と少なくとも凹部底面の一部とが別部材からなり、前記頂面部とは別部材の凹部底面にウェットティッシュを把持する開口が設けられているするウェットティッシュ包装体。」

の発明(以下「引用例1に記載された発明」という。)が記載されていると認める。

ところで、請求項1に係る発明と引用例1に記載された発明とを比較すると、請求項1に係る発明と引用例1に記載された発明とは、ウェットティッシュ包装体であって、その包装体が、

液体を含浸させたティシュが連続的に引出し可能に収納された、柔軟な液密性のシートから形成された封入袋と、前記封入袋の頂面とウェットティッシュとの間において袋の内部に収納され、封入袋とは別体に形成され、ウェットティッシュを把持する開口が設けられた部材(以下「把持部材」という。)とを備えている点で一致し、把持部材を、請求項1に係る発明が、頂面部と凹部を有し、頂面部と少なくとも凹部底面の一部とが別部材からなり、前記凹部底面にウェットティッシュを把持する開口が設けられたトレイ部材で構成したのに対し、引用例1に記載された発明が、略V字形状のスリットにより開閉自在に形成した紙片取出し部と、適宜のスリット或いは小孔からなる紙片引出し部とを設けた板体で構成した点で相違している。

上記相違点について検討するに、ウェットティッシュ包装体において、収納容器の天板部を頂面部と凹部とで構成し、該凹部の底部をウェットティシュの把持を考慮して別部材で形成することは、本件出願の出願前周知の事項(例えば、実願昭60-163087号(実開昭62-72970号)のマイクロフィルム参照)であるので、引用例1に記載された発明における、板体のウェットティッシュを把持する開口を備えた部材を、頂面部と凹部を有し、頂面部と少なくとも凹部底面の一部とが別部材からなり、前記凹部底面にウェットティッシュを把持する開口を備えたトレイ部材で構成することは、当業者が容易になし得ることと認める。

そして、請求項1に係る発明の奏する効果も、引用例1、2に記載された発明および本件出願の出願前周知の事項から当業者が予測し得る程度のものであって、格別顕著なものは認められない。

したがって、請求項1に係る発明は、引用例1、2および本件出願の出願前周知の事項にもとづき当業者が容易に発明をすることができたものと認める。

また、請求項2に係る発明は、請求項1に係る発明において、トレイ部材が封入袋に固着されていることを特徴とするものであるが、通常のウェットティシュ容器が、ウェットティシュを把持する開口を容器の蓋部に設けていることを考慮すれば、トレイ部材を袋状容器に取付るようなことは、当業者が容易になし得ることと認められるので、請求項2に係る発明も、請求項1に係る発明と同様の理由により、引用例1、2に記載された発明および本件出願の出願前周知の事項にもとづき当業者が容易に発明をすることができたものと認める。

さらにまた、請求項3に係る発明は、上記のとおりのものであり、引用例1に記載された発明とを比較すると、一致点は上記のとおりであり、相違点は、請求項1に係る発明との相違点に加えて、請求項3に係る発明が、収納された各ウェットティシュはそれらの端部が互いに重なり合っており、その重なり合いの程度がトレイ部材の凹部の深さの0.5~4倍であるのに対し、引用例1に記載された発明が、収納された各ウェットティシュはそれらの端部が互いに重なり合っているが、その重なり合い度合いがどの程度か定かでない点で相違している。

そこで検討するに、容器に収納された各ウェットティシュはそれらの端部が互いに重なり合わせておくことは本件出願の出願前周知かつ慣用されていることであり、しかも、請求項3に係る発明では、トレイ部材の凹部の深さは特定のものではなく、その深さに対する割合も0.5~4倍と幅があり、また、その重なり度合いをトレイ部材の凹部の深さの0.5~4倍の範囲にしたことにより格別顕著な作用効果を奏するとは認められないので、重なり度合いを、上記値にすることは、当業者が適宜決定し得るものと認める。

したがって、請求項3に係る発明も、請求項1に係る発明と同様の理由により、引用例1、2に記載された発明および本件出願の出願前周知の事項にもとづき当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

以上のとおりであるから、請求項1~3に係る発明のいずれも、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成10年7月9日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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